① この記事でわかること
- 半側空間無視とは何か、「見えない(視野が欠けている)」とどう違うのか
- なぜ右の脳の損傷で、左側の無視が起こりやすいのか
- 食事・移動・病室の環境づくりなど、生活の中ですぐできる関わり方
② 結論・全体像
結論:半側空間無視は「見えない」のではなく、「気づかない」障害です。だからこそ、机の上の訓練だけでなく、食事や移動などの生活場面の中で関わることが大切になります。
リハビリの現場で、こんな場面に出会ったことはないでしょうか。
- 食事のとき、左半分だけをきれいに残している
- 車椅子で移動すると、左側ばかり壁や入口にぶつかる
- 車椅子の左側のブレーキだけ、かけ忘れる
これらは、半側空間無視のサインかもしれません。
現役の作業療法士として病院で働く私も、新人の頃は「何度伝えても左を見てくれない」と戸惑いました。【筆者の体験:例「最初は視力の問題だと思い込んでいた」など】
この記事では、半側空間無視のしくみと、新人が混乱しやすい「視野の欠け(同名半盲)との違い」、そして生活の中ですぐ試せる関わり方を整理します。
③ 基礎:半側空間無視のしくみ
半側空間無視とは
脳が損傷した側と反対側の空間に注意が向きにくくなり、そこにあるものに気づけなくなる状態です。右の脳の損傷で起こることが多く、その場合は左側の空間が無視されます。
「見えない」のではなく「気づかない」
半側空間無視の方は、目そのものや視野は保たれていることがあります。それでも、左側にあるものに注意が向かず、気づけません。
「無視」という言葉から、わざと見ていないように聞こえるかもしれません。実際は逆で、本人には無視している自覚がありません。左に何かがあること自体に気づいていない、というのがこの障害の特徴です。
なぜ右の脳の損傷で「左」の無視が多いのか
代表的な説のひとつとして、左右の脳で注意を向ける範囲が違う、という考え方があります。
- 左の脳: 主に右側の空間に注意を向ける
- 右の脳: 左右両方の空間に注意を向ける
この考え方だと、右側の空間は左右どちらの脳でもカバーできますが、左側の空間は右の脳だけが担当していることになります。そのため右の脳が傷つくと左側を担当する脳がなくなり、左の無視が出やすくなります。反対に、左の脳が傷ついても右側は右の脳がカバーできるため、右の無視は起こりにくく、出ても軽いことが多いとされています。
損傷部位としては右の頭頂葉がよく知られていますが、前頭葉、視床、基底核などの損傷でも起こることがあります。「頭頂葉ではないから無視はない」と決めつけないようにしましょう。
同名半盲(視野の欠け)との違い
新人がいちばん混乱しやすいところです。同名半盲(どうめいはんもう)は、両目とも視野の同じ側が欠けて見えなくなる状態です。どちらも「左側に反応しない」ように見えるため、混同されがちです。
| 同名半盲 | 半側空間無視 | |
|---|---|---|
| 何の問題か | 視野が欠けている(見えない) | 注意が向かない(気づかない) |
| 本人の自覚 | 「左が見えにくい」と気づいていることが多い | 無視していることに気づいていない |
| よく見られる行動 | 首や目を左に動かして、自分で補おうとする | 顔や目が右に向きやすく、左を探そうとしない |
見分けるヒントのひとつが、首や目の向きです。病棟で「いつも顔が右を向いている」「左から話しかけても右を探す」といった様子に気づいたら、無視のサインかもしれません。
ただし、これだけで判断はできません。同名半盲でも、発症早期や注意力の低下があると、自分で補えないことがあります。また、2つが同時に起こることも珍しくありません。どちらか一方と決めつけず、「両方あるかもしれない」と考えるのが安全です。
病態失認:「気づけないこと」に気づけない
右の脳の損傷では、半側空間無視と一緒に病態失認(びょうたいしつにん)が見られることがあります。病態失認とは、自分の障害そのものに気づけない状態です。
- 左手が動かないのに「動きますよ」と答える
- 左側にぶつかっても気にしない
- 「自分はちゃんとできている」と感じている
新人が陥りやすいのは、これを「何度言ってもわかってくれない」「やる気がない」と受け取ってしまうことです。本人の努力不足ではなく、気づきにくいこと自体が症状です。そう理解できると、声のかけ方や関わり方が自然と変わってきます。
④ 評価:生活の中で「どう出るか」を見る
まずは生活場面を観察する
検査の前に、病棟での様子を見るだけでも多くのヒントが得られます。
| 場面 | 見られやすいサイン |
|---|---|
| 食事 | 左側のおかずや、お皿の左半分を残す |
| 整容 | 顔の左側のひげそり・化粧・髪の手入れが不十分 |
| 更衣 | 左の袖を通し忘れる、左側の服が乱れたまま |
| 移動 | 左側の壁や入口にぶつかる、左の曲がり角を見落とす |
| 車椅子 | 左のブレーキやフットレストの操作を忘れる |
| 会話 | 左から話しかけても、右側を探す |
| 左手 | アームレストから落ちていても気づかない |
疲れているときや、周りが騒がしいときに目立ちやすくなることもあります。時間帯や場面による違いもメモしておくと、評価の材料になります。
BIT(行動性無視検査)
半側空間無視の代表的な検査です。大きく2つの部分に分かれています。
- 通常検査: 線分抹消、線分二等分、模写など、紙と鉛筆で行う課題
- 行動検査: 写真を見る、メニューを読む、時計を読むなど、日常生活に近い課題
無視の有無や程度を判断するための基準点(カットオフ値)が設定されています。数値は検査マニュアルで確認してください。
CBS(Catherine Bergego Scale)
日常生活の中で無視がどう出ているかを、食事・整容・移動などの場面ごとに観察して点数化する評価です。机の上の検査ではわかりにくい、生活での困りごとを拾えます。
本人にも同じ項目について「できていると思うか」を聞き、観察の点数と比べることがあります。その差が大きいほど、自分の障害に気づきにくい状態(病態失認)の目安になります。
視野も確認しておく
同名半盲の合併を考えるため、視野もあわせて確認します。ただし、無視があると視野の検査は正確な判定が難しくなります。カルテの医師の所見を確認し、気になる点は先輩や他職種と共有しましょう。
チームで「生活での出方」を共有する
どの職種が評価を担当するかは施設によって違います。半側空間無視は食事、車椅子、トイレ動作など生活に直結するため、OTやPTが中心になることも多いです。
大切なのは、点数だけでなく「どの場面で、どんなふうに出ているか」をチーム全員で共有することです。「朝食は全部食べられたが、夕食は左を残した」のような具体的な情報は、看護師や介護士にとっても役立ちます。
⑤ 治療:生活の中で関わる
机の上でできても、生活でできるとは限らない
線を消す課題や、左を見る練習などの机上訓練もあります。ただ、机の上で線を消せるようになっても、食事で左のおかずに気づけるとは限りません。机上の課題で得たことが、生活に広がりにくいことがあるためです。
だからこそ、食事・移動・整容といった実際の生活場面の中で、左への気づきを育てていくことが大切になります。関わり方は、大きく2つの方向に分けて考えると整理しやすくなります。
- 治療的な関わり: 左への注意や気づきを促す
- 代償的な関わり: 環境を整えて、無視があっても安全に過ごせるようにする
食事:お盆を本人に回してもらう
左側を残していたら、残った部分が右側に来るように、お盆を回します。残り方に合わせて、90度でも180度でも構いません。
できれば、スタッフではなく本人に回してもらうのがポイントです。スタッフが回すと本人は受け身のままですが、本人が回すと「左に残っているかも」と気づいて自分で対処する練習になります。
ただし、理解や手の動きが十分でない方、回すことでかえって混乱する方には無理をしません。その方にとって今できる形を選びます。
声かけと物の位置:「訓練は左」「安全は右」
新人が迷いやすいところなので、目的で分けて考えます。
- リハビリの時間(治療的): あえて左側から声をかけたり、物を置いたりして、左への注意を促す
- 病室での生活(代償的): ナースコールやよく使う物は右側に置き、事故を防いで安心して過ごせるようにする
「左から声をかける」を一律のルールにせず、その場面が訓練なのか、安全や休息のためなのかで選びましょう。
左の端に目印を置く
車椅子の左ブレーキに赤いテープを巻くなど、左側に目立つ目印を置きます。食事なら、お盆の左端に色つきのテープを貼る方法もあります。
目印があると、「左端の赤いところまで見ましたか」と具体的に声をかけられます。ブレーキのかけ忘れを防ぐ安全対策にもなります。
「左を見て」より「左の○○を探して」
新人はつい「左を見てください」と言ってしまいがちです。ただ、それだけだと、本人はどこまで向けばよいのか判断しにくいことがあります。
- 「左を見て」→「左の赤いテープを探してください」
- 「首を向けて」→「左にあるお茶碗を探してみましょう」
探す対象を具体的に示すと、行動につながりやすくなります。
安全管理は最優先
半側空間無視は、事故に直結しやすい障害です。
- 車椅子の左ブレーキ、左フットレストの確認
- 左手がアームレストから落ちて、車輪に巻き込まれていないか
- 左側の段差や物への衝突、転倒のリスク
左手の位置や状態は、本人が気づきにくいところです。移乗や移動のたびに、スタッフが確認する習慣をつけておきましょう。
そのほかの方法
視覚探索訓練、プリズム眼鏡を使った訓練、体幹の向きを変える方法など、さまざまなアプローチが研究されています。施設によって取り入れているかどうかが違うので、興味があれば先輩に相談してみてください。
⑥ 現場の実例:自立を促しながら、気づきを育てる
※個人が特定されないよう、内容を一部変えています。
右の脳梗塞で入院された方で、食事のたびに左側のおかずを残していました。本人は「もうお腹いっぱい」と話していて、残していることには気づいていない様子でした。
関わり方
食べ残しがあるタイミングで、本人にお盆を回してもらうようにしました。最初はスタッフが「お盆を回してみましょうか」と声をかける必要がありました。続けるうちに、自分で「あ、左に残ってる」と気づいて回せる場面が少しずつ増えていきました。
あわせて、生活の流れの中で次のような関わりを取り入れました。
- リハビリ中は、左から声をかけ、左側に物品を置いて注意を促す
- 病室では、ナースコールを右側に置いて安全を優先する
- 車椅子の左ブレーキに赤いテープを巻く
- 移動中は「左の手すりを探してください」と具体的に伝える
うまくいかない日もある
とはいえ、順調に進んだわけではありません。疲れている日や夕方は気づきにくく、またスタッフの声かけが必要になる日もありました。食事の様子を看護師や介護士と共有し、病棟全体で同じ関わり方をそろえたことで、少しずつ安定していきました。
ポイントは、無視だけを取り出して訓練するのではなく、生活全体の中で自然に左を意識できるよう関わったことです。
【筆者の体験:実際に関わって手応えがあった、または難しかった場面。例「スタッフごとに声かけがバラバラで、本人が混乱してしまったことがある」など】
⑦ 新人が見落としやすいポイント
| よくある思い込み | 実際はこう考える |
|---|---|
| 左が見えていないだけ | 視野ではなく注意の問題。同名半盲と合併することもある |
| 首の向きを見れば、無視か半盲か判断できる | ヒントのひとつ。経過や検査、医師の所見と合わせて考える |
| 頭頂葉の損傷でなければ無視はない | 前頭葉や視床などの損傷でも起こることがある |
| 本人がわざと見ていない | 本人に自覚はない。何度言っても伝わりにくいのはそのため |
| 病態失認は、やる気の問題 | 気づきにくいこと自体が症状。責めずに関わる |
| 声かけはいつも左から | 訓練では左、安全や休息のための環境では右。目的で使い分ける |
| 机上の検査ができれば、生活もできる | 生活での出方は別に観察する。食事や移動で確認する |
| 安全対策は後回しでいい | ブレーキのかけ忘れや左手の巻き込みは事故に直結する |
正直に言うと、半側空間無視は「わかっていても、うまく関われない」と感じることの多い障害です。【筆者の体験:例「新人の頃、左を見てくださいと何度も繰り返して、本人も自分も疲れてしまった」など】。うまくいかないときは、一人で抱えずに先輩やチームに相談してみてください。関わり方をそろえるだけで、変わることがあります。
⑧ まとめ
| 視点 | ポイント |
|---|---|
| 半側空間無視とは | 「見えない」ではなく「注意が向かない・気づかない」 |
| なぜ右脳で左無視か | 左側の空間は右の脳だけが担当しているという説がある |
| 同名半盲との違い | 半盲は自分で補おうとすることが多く、無視は気づかない。合併もある |
| 病態失認 | 障害そのものに気づけない。責めずに関わる |
| 評価 | 生活の観察+BIT+CBS。生活での出方をチームで共有 |
| 関わり方 | 訓練は左、安全は右。生活の中で気づきを育てる |
半側空間無視は、生活のあらゆる場面に影響します。だからこそ、特別な訓練室だけでなく、毎日の食事・移動・整容の中で関わっていけます。
⑨ すぐ現場で使えるコツ
食事で左を残していたら、本人にお盆を回してもらう。
- 左側の食べ残しに気づく
- 本人に「お盆を回してみましょうか」と声をかける
- 残った部分が右に来て、食べられる
- 繰り返すうちに、「左に何かあるかも」という気づきが育っていく
道具もいらず、その日から始められる方法です。スタッフが回すのではなく、本人が自分で気づいて対処する経験を積み重ねることを大切にしてください。
参考資料
- 日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会「脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕」
- 石合純夫ほか「BIT行動性無視検査 日本版」
- 石合純夫『高次脳機能障害学』最新版
- Azouvi P, et al. Catherine Bergego Scale に関する報告
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